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『悶絶スパイラル』~赤裸々、しをん姉さん~

三浦 しをん
11 /30 2013
悶絶スパイラル悶絶スパイラル
(2007/12)
三浦 しをん

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三浦しをんさんの赤裸々エッセイ集。
今回も羽仁衣着せぬ(?)感じで、自らの珍日常を語ってくれています。

実際には、わりとありふれた日常なのでしょうけど、そこはやはり文才のある人が書くと違う。

たとえば、我々が何か面白いと思った経験を話すとき、あーだこーだと余計な情報や、鈍いテンポになってしまい、結局自分が感じた面白さの半分ぐらいしか伝えられないのではないでしょうか。

三浦しをんさんの場合、そこを二倍も三倍も増し増しで伝えてくれる感じ。
日常の一コマを、ありのままに、なおかつより面白く伝わるようにという意気込みみたいなものも感じられます。
(お腹壊した話とか、アンダーヘアーから見る加齢観とか、下な話もたくさんでてきます。小説からはなかなか想像のつかない、あけっぴろげ&かなり日常感あふれた三浦しをん節が面白い。)

サービス精神豊富だとしても、なかなかね。。。伝えることって難しいですよ。
どうしても、情けないこととか隠したくなりますしね。
そこを奥深くにしまわずに、「ほれほれ、どうぞ」と見せてくれる。
しかも丁寧にラッピング、ギフトカードまで添えて、より良く(面白く)情けないとほほなことを読者に披露するしせいに、人を楽しませる文学に携わるものの魂みたいなものさえ感じますね(おおげさすぎか?)
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『夢のような幸福 (新潮文庫)』~好きな気持ちの赴くままに~

三浦 しをん
11 /08 2013
夢のような幸福 (新潮文庫)夢のような幸福 (新潮文庫)
(2008/02/28)
三浦 しをん

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小説家の書くエッセイを読むと、ギャップに驚かされることがある。

三浦しをんさんのこのエッセイもその類でした。



どちらかと言えば、清楚系で控えめなイメージを勝手に抱いていたのですが、まったく違う爆笑系エッセイ。

小説や漫画をこよなく愛し、自室で一人小芝居なんかもやっちゃう。

映画や小説などを見る度に、でてくる男性陣をカップリングしてしまうBL脳。

うーん、勝手に抱いていたイメージと違ってサバサバ&オタク系な作家さんのようです。逆にそっちのほうが好感持てましたが。



しをんさんの知識量はかなりすごそう。

ひと月で漫画50冊以上読むこともあるとか。

Wikipediaで見たんですが、中学生ぐらいから坂口安吾とか泉鏡花読んでたそう。中々できるこっちゃないですよ(私なんか、未だに良く分からない。。。)

エッセイの随所に漫画や小説の引用が見られ、どれだけ書籍を愛する人生を送っているのかってのがわかります。おそらく、様々な分野に関するデータを仕入れるのが好きなタイプなのでしょう。

だからこそ、様々なシチュエーション(職業とかも含め)の小説を書き分けるだけの基礎力があるんだろうなぁ。



本書の中で、しをんさんはBL(ボーイズラブ)を「少女漫画の延長線上」と位置づけています。結構好きみたい。

前々から気になっていた、しをんさん小説にでてくる唐突な性展開。ストーリー的に無くてもいいんじゃない?って思うことも。

おそらくこういう展開のベースにはBL好きな要素がからんでいるのでしょう(そうした“山場”を入れられずにはいられないんだろうな)。

三浦しをん小説の、構成の秘密を見たような感じがします。



前編通じて、しをんさんはかなりの妄想好きと見ました。

いついかなる時、森羅万象、何かしらの妄想をしてしまう。

私も結構その類ですが、モノヅクリに携わる人にとっては、かなり有益なスキル。これからもばんばん妄想しまくって、良い小説をどしどし発表して欲しいです。

『神去なあなあ夜話』~山の生活は続くよ続く~

三浦 しをん
01 /20 2013
神去なあなあ夜話神去なあなあ夜話
(2012/11/28)
三浦 しをん

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『神去なあなあ日常 』の続編。
その後の神去村での出来事が綴られた本。

前作と変わらず、ほっこり楽しめました。
ああ、神去村は良いなぁ・・・!

前作で語られなかったことや、気になったこと、神去村の風習についてなどのディティールがわかった感じです。
とてものんびり流れる時間軸での話なので、ちょっと気持ちを落ち着かせたいなって時にぴったりかも。

前にも書きましたが、神去村のモチーフとなった地域(実際には三重県に神去村はありません)はうちの近く。
だから、今回の夜話も、身近に感じる世界観。
木だけはたっぷりと周囲に生えている環境で生活するものの親近感みたいのがあります。

ところどころで出てくる、村で生きる人達の信仰の様子。
お稲荷さまであったり、土地の神様であったり、大自然であったり。。。
絶対的にご利益のある存在として信仰するとかではなく、あくまで日常の挨拶のような、そんなしぜんな流れでの信仰といった形。
そうした信仰が、人々が傲慢になることなく、うまく自然と付き合っていく上での潤滑油として機能している点が素敵です。
モラルとか、道徳とかいったものも、昔はきっとこういうスタイルからしぜんと培われていったものだったのでせよう。
こういったスタイルを失ったことは、現代人にとってどれだけの損失かわかりません。

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神去村は物語の中でそうとう田舎に描かれています。
山の中で、、、携帯の電波はとどかず、、、のように。
されど、位置関係から察するに都市部にでるにはそれほど時間がかからなさそう。
おそらく、名古屋や大阪に3時間圏内ぐらいの場所でしょう。

ちなみ、私が住んでいるところから都市部に出るにはもっと時間がかかります。
神去村よりは田舎ではないんだけれど…
んー、、、どっちが不便なんだろう・・・汗


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三浦 しをん
01 /12 2013
神去なあなあ日常 (徳間文庫)神去なあなあ日常 (徳間文庫)
(2012/09/07)
三浦しをん

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ほっこり面白い!
私の中で、三浦しをんさんの作品では一番好きかも。
ぐぐぐっと入り込める内容に、一気に読んでしましました。

三重県の山奥、神去村を舞台に繰り広げられる、青春田舎ライフ。
ひょんなことで林業に就職することになった、18歳の主人公の成長模様が描かれています。

この神去村というところは、実際には三重県にはない架空の村です。
しかし、モチーフになった地域はいくつかあって、私の住んでいるところはその近く。
なので、この小説の風景がものすごく具体的に思い浮かぶことができました。

三重県の中、南部って、小説の神去村のように、森と山に覆われたところが非常に多いです。
今でも林業に従事する人が多く、自然を活かして生きるというスタイルがまだまだ残る地域。
なので、この小説の世界観は、私にとって日常的なものとして受け取ることができました。

主人公の勇気は春に神去村に来て、一年のあいだにものすごく成長していきます。
そのあいだに描かれる、村の四季。そして祭事や風習。
森という自然相手の仕事だからこそ、ちょっとした天候の変化やミスが命取りにつながりかねない。
だからこそ、神去村の人々は祭事や風習をとても大事にし、目に見えない物事や力に大いなる敬意を表しています。
近代化が進んだ都市部ではほとんど見られなくなった光景。
地域や神社のお祭りとも違うものです。
神去村の祭事、風習は自然信仰の色を強く残っています。
それは日々の暮らしから立ち現れてきたものであり、伝えられてきたもの。
暮らしに寄りそう、自然信仰の姿がじつにうまく描かれています。
それがあるからこそ、森と生きる神去村の姿に、いっそうのリアリティを感じるたのでしょう。

『神去なあなあ日常』の”なあなあ”。
これは「ゆっくりいこう」とか「まあ落ち着け」などのニュアンスがあるよう。
林業って木を相手にするから、すごく長いスパンの時間軸で物事を感がなきゃいけないことがあるようです。
「この木が成長して、伐採できるのは、、、うーん、、、30年後ぐらい先かな?」ってな具合に。
伐採するからこそ、次世代に向けての木々も育てていかなければならない。どれだけ世間のサイクルが早くなろうと、木の成長が早まるわけでなし。結果「なあなあ」な風土が築かれるわけです。

パソコンなんかみると、3ヶ月サイクルぐらいでどんどん進歩しているせわしない時代。
10年後の進歩時代の進歩を考えると、ときどき空恐ろしくなることだってあります。
そんな時代だからこそ、木とか自然のサイクルで生きる神去村の人々を見てほっとすることが必要なのかも。
そういう「なあなあ」なライフスタイル。急ぎすぎてるなって感じる時ほど、思い出したい言葉です。


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三浦 しをん
12 /08 2012
木暮荘物語木暮荘物語
(2010/10/29)
三浦 しをん

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アパートからつながる物語


●ストーリー以外の部分に気を取られる

私にとって、三浦しをんさん2冊目。
前回読んだ『舟を編む』とは毛色の違いを感じます。

なんというか、三浦しをんさんの小説の性描写(性にかかわる一連の行動)が不思議。
それは『舟を編む』でも感じたことなのですが。
いまいちしっくりこない性描写がでてくるなーっと私は感じます。

この『木暮荘物語』。木暮荘というアパートを中心として、色々な人々の短編が集まってできています。
そして、それらの物語の半分ぐらいに、性についての悩みなんかがからまっていて。
覗きをやめられない青年、セックスがしたくてたまらない老人、夫の不倫を疑う女性などなど・・・
別に、それらが物語の核を構成しているわけではないのですが、重要な要因の一つではあります。

そして、ぼやかしながらでも、性描写とかそれに近いものが描かれるのですが、なんかしっくりこない。
ほかの小説とかならば、そういう描写でもさして気にならないのですが、三浦さんの小説では妙にひっかかる読み味。
うまく説明できないのがもどかしいですが・・・
キャラクター達はそれぞれ魅力があるのですが、それらと性癖とかとのリンクがすごくアンバランスに感じられるのです。
あくまで私的な見解ですので、ほかの人にはぜんぜんそんなことは気にならないでしょうが、私としてはそこが非常に気になりました。

まぁでも、人ってそういう外見と内面、特に性に関するような奥のほうに隠れているものとは、アンバランスなものなのかも。
そう言う意味では、逆に生ナマしい人物描写な作品かもしれません。


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図書館男子

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