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人、ねずみ、人間  『アルジャーノンに花束を』

ダニエル キイス
07 /09 2011
アルジャーノンに花束をアルジャーノンに花束を
(1989/04)
ダニエル キイス、小尾 芙佐 他

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花束を送るだけの愛を

32歳になっても、幼児の知能しかないチャーリイ・ゴードンの人生は、罵詈雑言と嘲笑に満ちていた。昼間はパン屋でこき使われ、夜は精薄者センターで頭の痛くなる勉強の毎日。そんなある日、彼に夢のような話が舞いこんだ。大学の偉い先生が、頭をよくしてくれるというのだ。願ってもないこの申し出に飛びついたチャーリイを待っていた連日の苛酷な検査。検査の競争相手は、アルジャーノンと呼ばれる白ネズミだ。脳外科手術で超知能をもつようになったアルジャーノンに、チャーリイは奇妙な親近感を抱きはじめる。やがて、脳外科手術を受けたチャーリイに新しい世界が開かれた。だが、その世界は、何も知らなかった以前の状態より決してすばらしいとは言えなかった。今や超知能をもつ天才に変貌したチャーリイにも解決しがたいさまざまな問題が待ちうけていたのだ。友情と愛情、悲しみと憎しみ、性、科学とヒューマニズム、人生の哀歓を、繊細な感性で描きだす感動の1966年度ネビュラ賞長篇部門受賞作。 (「BOOK」データベースより)


主人公のチャーリィに対しなんともいいようのない悲しさといとおしさを感じました。
彼は、手術前ひたすら知識に憧れていました。
32歳になっても幼児ほどの知能しかもたないチャーリィは、知能さえ持てば自分の人生は豊かになると信じています。
手術後、めきめきと知能が高まり様々なことが分かるようになって新しい世界が開けた感動を味わいます。
しかしそれは一時のもので、高くなりすぎた知能は彼の日常にマイナスに作用し始めます。


チャーリィ視点で描かれている文章は、手術前と手術後を境にがらりと変わります。
無邪気さは知能と共に失われ、様々なことに気がいくようになります。
知能の高まりは良くも悪くも”知る”ということを得ること。
いままでは、周りの人間を好意的に見ていました、他人が自分をどう見ているかを”知る”ことにより好意は疑心へと変わっていきます。

チャーリィは急激に得た知識の代償に、人間性が失われていきます。
経験を伴わず、知識だけが高くなったチャーリィが行き着いたのはアンバランスな人間性でした。


最初、あれほど純粋に知能に憧れたチャーリィが、結果得られた知能は苦しみの種となります。
まわりの人間に馬鹿にされてきた彼にとって、知能の高さは幸せの価値基準の指標でした。
高い知能を得た彼は、周りは自分のことを所詮モルモットとしてしか見ていないと感じ始めます。
「誰も自分を人間として見てくれない。自分はねずみのアルジャーノンと同じ実験体としてしか見られていないのだ。」
そんな彼の心情は、幸せとは言い難かったと思います。



なんだか人生のいろんな部分にひっかかる小説です。
心地よさよりも、若干痛みのほうが多い、ちょっと悲しみの残る読後でした。
でも、その痛みは無視してはいけない痛みであり、小説の深みにもつながっていると言えます。
じんじんとした心をもって最後のページを閉じる時には、色々なことを考えている自分に気づきます。
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